DoubleMintGum

I'm a Feminist,Shipper,Slasher and Fan girl.

Double your pleasure Double your fun,With Doublemint Doublemint gum.

2014年 Magazine Auditorium 조승우インタビュー

f:id:linlinsz81:20190430182041j:plain

ミュージカル俳優조승우 光と影そしてひとかけらの真心

これは過去13年間ミュージカル産業の流れとともに生きてきた俳優の話だ。
光と影を通過してきた人間が振り返った時間であり、彼の心のこもった告白だ。

喜劇と悲劇が横糸と縦糸のように編み込まれ、人生の絵が構成されるように、조승우との会話もそうだった。いつも조승우は決して急ぐ人ではなかった。牛歩のように、伸びをするような緩やかな体の動きまで…しかし重く引きずるようではなく、まるで猫みたい、というか。さらに、そのスピードは何か一言を発するのにも同じだった。だから彼との対話は軽くも、ただ愉快なだけでもなかった。インタビューの途中、時々彼の笑い声を聞くことができたが、羽のような笑いというよりもまるで苦しい胸の内を吐き出すようでもあった。
조승우との対話は彼の人生を完全に覆したドンキホーテから始まった。

見果てぬ夢を呼び、成し遂げた夢

조승우が『ラ・マンチャの男』を初めて見たのは中学生時代だった。当時、ケウォン芸術高校に通っていた姉がアルドンサ役で出演した青少年版公演*1を見にいき、人生の転換点を迎えることになったエピソードは有名だ。
当時彼は「夢のない少年」だった。内向的で人と話すらできない窮屈な性格だった。その時「夢と理想を放棄することが最も残念な事だ」という劇中のセルバンテスのセリフが幼い胸に突き刺さった。
「まるで僕自身の話のように聞こえました。単純だが、運命的でした。公演を見ながらずっと泣いて笑って全ての感情を出しました。公演が終わった後もどうしても離れられず、その席に座って祈りました。ミュージカル俳優になってあの役で舞台に立たせてほしいと」
翌年、조승우はケウォン芸術高校に入学し、すぐにその公演に出演する機会が与えられた。しかし、彼の役はサンチョ。幼心に号泣し、憤慨した記憶は今も生々しい。その後、彼はどのオーディションに行っても『ラ・マンチャの男』のミュージカルナンバーである「見果てぬ夢(Impossible Dream)」を歌った。837分の1の競争率を勝ち抜いてイム・グォンテク監督に抜擢された映画『春香伝』のオーディションの席でも同じだった。
「子供の頃この作品を見ていなかったら今の僕は何をしていたのだろうか、と考えてみました。想像ができません。僕の人生を180度変えたのが『ラ・マンチャの男』だからです。作品が持つ力が本当に大きく、それを僕が直接体験した最も大切な作品です」
『ラ・マンチャの男』の幕が上がると、ブラスが序曲を演奏し始める。様々なキャラクターを代弁する旋律が流れ、人生の喜怒哀楽とそれぞれの感情が一つの世界に凝縮される瞬間は、조승우の胸をいつもざわめかせる。20年間聞いてきたが、今回の舞台で序曲を再び聞いた時の感激は言葉で表現できなかった。
「君は夢見ているか?」
ラ・マンチャの男が彼に向かって投げかけるメッセージはいつも変わらない。しかし、セルバンテスであり、ドンキホーテになり着用する鎧の重さだけは6年前よりも今の方が少しは軽くなった。
「セルバンテスが自分の過去を話すところがあります。友よ、私はいつも生涯を直視して来た。苦痛、不幸、空腹、想像もできない残忍さ…。もうこのセリフからぎこちなさがなくなりました。この6年間、世の中の汚れたものを見てそんな話をするのが少しは正当化されたって感じ」
彼の話を聞いている間、頭の中にはドンキホーテが歌った「見果てぬ夢」が浮かんできた。不可能な状況を並べ始まる、まさにその歌詞の言葉だ。
「その夢をかなえられないけど 戦い勝つことができなくても 悲しみに耐えられないものは険しく 遠くてても 正義のために戦うと 愛を信じてると 手の届かない星にでも 勢いよく腕を伸ばし これが私の行く道 希望すらなく どんなに遠くても 止まらず 振り返らず ただ私に与えられたこの道に向かって」
その歌詞がこれまで조승우が歩んできた道とかなり似ているという気がしたのは、彼との対話が『ラ・マンチャの男』から次の話題に移ろうという時間が経った頃だった。

f:id:linlinsz81:20190430182040j:plain

ミュージカルと映画の演技が違う理由


ミュージカル俳優という夢を抱いて走り出した10代の少年は、20代前半で世間から注目を受け始め、30代で皆が羨望する位置に立った。世間は最短で彼を最高の座に押し上げたが、조승우という俳優はゆっくりと可能な限り深く没入することに慣れたタイプのようだった。ミュージカル舞台から映画、ドラマで演技の地平を広げていく中で彼は自らを波の上に果敢に乗り出したりもしており、むしろ急流に追い込まれたりもした。조승우との対話は、大衆文化産業という巨大な海で大小の波に乗ってやってきたいくつかの支流で自然につながる。そして波の合間合間に引き揚げたのは조승우の心一つだった。

10年以上ミュージカルと映画で活動してきた。そして、昨年からはドラマにも出始めた。新たなジャンルに乗り出した理由が知りたい。

僕の故郷は舞台。子どもの頃に夢見たところも舞台だった。映画やドラマをやるのは好奇心、チャレンジ、冒険という言葉に近い。キャラクターの限界を感じるからだ。いますべてのジャンルが素材の限界にぶつかり、同じようなキャラクターだけをずっと出している。以前は演技をするうえでジャンルの事を考えたが、放送局のカメラであれ、映画のカメラであれ、目の前を舞台だと考えて演技するようになった。

どの環境で働くことが自分と最もよく合っていると思いますか?

練習環境は当然、ミュージカルの舞台が楽だ。舞台は6週間決まった時間帯で練習してロケに出る必要もなく、一点集中できる環境が用意されるから好きだ。ドラマは環境的な部分のみで言ったらめちゃくちゃだ。俳優の立場で、演技をする立場からはそう。一度の撮影がすぐお金と直結する。キャラクター感情と関係なく最大限一つの場所でまとめて撮影をする。みんなが時間、金、台本に追われることになる。しかし、それを楽しむ俳優たちもいる。一方で同じような映像であってもドラマに比べて、映画はもう少し余裕がある。キャラクター感情を拾いにくいが台本は事前に出来ているから。ドラマは準備さえできればとにかく急いで撮ることがメリットになる。

日程が重なる作品には出演しないと聞いている。しかし最近は例外もできたようだ。『ラ・マンチャの男』練習中に撮影した単発ドラマ『イサン、それ以上』(邦題・秘宝の秘密)が最近放映されたが。

『馬医』の時半年以上一緒に撮影した同い年のスタッフの監督デビュー作だ。同世代でよく話して共感が形成されている部分も多かった。その人が演出するという話だったので躊躇せずに決定した。ミュージカルの12幕のランスルーまで終えた状態で演出家の許可を受けてドラマの撮影をした。単発ドラマ全体の撮影は2〜3週間ほどだったが、僕は6回で撮影を終えた。

義理のために参加したんですか?

台本がダメで作品的メッセージが心に届かなかったら、どんな言い訳をしてでも断ろうと思った。でも作品もいいし、仕事をする人たちも好きだったからやったのだ。

『イサン、それ以上』は久しぶりの単発ドラマでもあったが、内容の展開が食傷しなくて良かった。

それが一幕物の魅力だ。最近韓国ドラマは視聴者にあまりにも振り回されている。最近アメリカのドラマを見始めたが、素材も多様で人々が関心を持っていないような内容だろうとも、映画より素晴らしく仕上げていた。もちろんアメリカは資本やシステムがとてもしっかりしているが、それでも作品に深みがあって、単に興行だけを狙っているようには見えなかった。反面、我が国は刺激的なものや視聴率を意識しすぎている。視聴者への配慮もいいが、一つの創作物を作り出すという観点から見れば残念な部分が多い。今回のドラマは難しすぎるという意見もあった。しかし、70分以内にどうすべての要素を入れることができるだろうか。むしろ新しい試みが持つ意味が大きいと考えている。『応答せよシリーズ』が成功した理由は、ノスタルジーを持ってきて新たに挑戦したからではないだろうか。

様々なジャンルからラブコールを受けているはず。1年にどの程度ですか?どのような基準で作品を選んでいるのか。

分かり切った答えのようだが、優秀な作品を選ぶ。台本は普通1年に50〜60本以上のオファーが入ってくる。ノワールやコメディー流行に敏感なジャンルは選ばず、時代が流れても色あせない作品が好きだ。また、後悔するような作品はほとんどない。結果が悪くても、作品評がいいかどうかに関係なくこれまで出演して後悔した作品はなかった。

過去の時代のキャラクターが多いですが。

基本的に過去の話が好きだ。感性がちょっとアナログなんで。ジャンルに関係なく、現代劇を扱って食傷するならむしろ過去に立ち戻った素敵な作品に楽しみを感じる。

視聴者はキャラクターだけでなく、ジャンル、つまりフレームの中の演技と舞台の上での演技の差も見ている。個人的にはミュージカルで表現される조승우の掌握力が好きだ。

僕もその部分について考えてみた。舞台では強烈にアピールするのにどうして映画やドラマでは弱く見えるのだろうか。それは舞台用の脚本がとても極端だからだ。『ジキル&ハイド』は言うまでもなく『ゾロ』『ラ・マンチャ』『ヘドウィク』…舞台の台本は、主人公にすべての感情が注がれ最も劇的に全エネルギーを傾けるように作られている。だからミュージカル舞台のキャラクターは強烈なインパクトが必要だ。しかし、映画の台本は日常をパっと切りとってその断面を見せてくれる。キャラクターが占める割合やエネルギーが舞台とは比較にならない。映画の中でミュージカル舞台のようにエネルギーを使えばあまりにも大袈裟で強引に見えることがある。『マラソン』の後に『トカゲ』という映画を撮ったが、みんなが「あれ演技してたの?」という反応を見せた。みんな刺激的で強烈な演技が好きなようだ。

一般のファンは、ジャンルの違いを明確に理解しながら作品を見ない。そこで生じる誤解は避けられないと。

僕が考えるのは少し違う。いい俳優に対する評価ではあるが、極端な例で年末の授賞式がそう。授賞式は候補数人のうちたった一人が選ばれる構造だ。ここで、全ての候補について点数や順位をつけることはできない。トロフィーは単に各自が自分の役割をどれほど説得力があり、明確に見せてくれたのかについての意味を付与して象徴しているにすぎない。演技は競争じゃない。しかし多くの人が頭に「競争」という単語を付ける。一番嫌いな表現のひとつが「演技対決」だ。どうして演技が対決だと考えるんだろうか?お互いがアンサンブルになって調和を成して、アクションとリアクションにつながるのが演技だ。

f:id:linlinsz81:20190430182038j:plain

조승우シンドローム、10年の光と影


ミュージカルに関する話を。ミュージカル界で特定の俳優に対するファンダム現象が爆発したのは『ジキル&ハイド』そして조승우というキーワードが登場した時だと思う。そこからはじまった光と影があったはず。

俳優ファンダムの始まりは、ナム・ギョンジュ、チェ・ジョンウォン先輩だった。僕も先輩たちの舞台を見に通っており、そして僕が舞台に立つようになった後には光と影の事を常に考えている。正直『ジキル&ハイド』がそんなに成功するとは思わなかった。マスコミが作ったと思う。まるでシンドロームのように。チケットパワー、客席シェア98%、조승우シンドローム…と。

実際に作品ごとにチケット完売が続いた。

僕がミュージカル業界を握って揺さぶったような、ほとんど英雄のように過大評価された記事がそのころから出始めた。弱り目に崇り目で『ジキル&ハイド』が終わるやいなや、映画『マラソン』で5百万の観客を動員し、ミュージカルと同時に映画の方でも名を知られるようになった。運が良かっただけ。それからミュージカルごとに大興行になって。

気分はどうでした?

最初はめん食らってしまった。それから時間が経つほど肩の荷が重くなった。多くの視線が感じられ、ダブルキャスティングされた俳優たちが僕のアンチとなったこともある。製作会社は広報のために僕の名前を先に掲げるため、相対的に他の俳優たちの名前は後ろになった。記事も僕と関連された内容が先に露出して、僕を避ける俳優もいた。みんなの間では「조승우は偉大である」という言葉まで出てくるし。しかし、僕はそれに耐えなければならなかった。一番大変だったのは次の作品に対するみんなからの期待だった。例えば、どんな作品でもまず出演決定したら製作会社はチケットを先に販売する。台本もまだもらって読んでいないし練習にも入っていない状態なのに、チケットは数分で売り切れになった。

名前だけでそこまでに。

本当におかしくなりそうだった。僕がどうできるかも分からないのに、そんなことが数年間繰り返される限り、重圧感が言葉では表せないくらい大きくなった。幸運にも今まで耐えてこれたが、兵役に行く時「2年間解放される」と思った。ところが除隊した途端にまた騒ぎが起きた。『ジキル&ハイド』のせいで。ギャラの話が世間の噂に上がって…本当に演技だけをしたいのに僕がどうして世間の視線に晒されなければならないのかと思った。
(※2010年当時、ある日刊紙に俳優조승우がミュージカル『ジキル&ハイド』に出演し、一回1,800万ウォン、計14億4千万ウォンのギャラを取るという記事が掲載された。該当製作会社代表は記者会見を通じて「조승우の出演料が特別高額なのではない。その価値は十分にある」と発表した。その後、関連する記事を書いた記者は조승우のチケットパワーを数年連続MVP受賞のスポーツ選手の年俸上昇に喩えながら「この待遇を改善しなければ公正社会は成し遂げられない」と語った)

ファンの期待心理が俳優に与える影響を誰よりしみじみ感じましたよ。

外国だけでなく、韓国も俳優のコンディションが良くない時それをカバーしてくれる代役をたてている。それかダブルキャスティングの俳優が代わりにやってくれたり。もちろんこれはチケットを売る時から俳優の事情によってはキャスティングスケジュールが変わる可能性がある、と事前に公示されている。ところがもし僕がそのような状況になったら、熱が出て声が出なくなっても公演をキャンセルしたいとは絶対言えない。言ったこともない。これまで、他人の公演で代役をやったことはあるが、僕が自分の舞台を他の俳優にお願いしたことは一度もない。もしそうなったらまず一番先にチケット払い戻しという事態が起きるはずで「俳優が自分の体調管理も出来なくて公演なんかするな」と非難されるから。以前日本公演でも声帯ポリープの状態で行った。何とかキャンセルを食い止めるという、その気持ちだけで行った。僕の公演を希望する観客が多いことに対する感謝を、逆説的に感じたりもする。

一方『ジキル&ハイド』を機に仕事の選択の幅が広がった。基本的に選択される側だが、今のように自分で選択出来る立場じゃかった。

そう。公平ではないので他の俳優たちにすまないけど、オーディションを受けずにキャスティングされるようになった。しかし、選択できる立場であるとはいえ上手くいかない時もある。演技を始めてから10年が過ぎたが、突き詰めてみれば僕は作品数がそう多い俳優じゃない。再び影の話だけど(笑)恐ろしい事でもあって、ちょっと危険な言葉だが…食傷した作品とそうでない作品を区別することがある。僕にはいつも山がなければ。越えなければならない山。自らを酷使するという意味ではなく、挑戦する価値があるかどうか、という事。悩んで夢中になり、僕の全てを投げ打つ価値がある作品なのか、僕の心臓が高揚する作品なのかが重要。ドラマでも映画でもミュージカルでもそのような作品は多くない。

数年前、授賞式でその話をして議論になったことがある。*2

その時の言葉は本心だった。僕も創作ミュージカルを一生懸命やってきたし今でも創作劇をやりたい。ところが、ミュージカル製作をあまりにも簡単に考える人たちによって製作環境が悪化している。製作者たちは俳優たちのギャラが高いから製作できないと言う。それなら、ハッキリ言って俳優へのコストを削減すればいい。ところが製作者側は有名俳優のみ起用したがって後から文句を言う。話にならない。現在のミュージカル産業では、製作だけでなく劇作にも限界がある。一番残念だったのは創作劇を作る人たちが劇作の手を抜いている。今こういうのが流行ってるからこんなのにしよう、というふうに。それで上手くいかないと愚痴を言われるのがとても残念だった。『明成皇后』を見ると、20年間絶えず変わり、補完されている。『レ・ミゼラブル』もそうだし『ミス・サイゴン』もずっと修正と補完を繰り返した。様々な困難の中でも作品性のある創作ミュージカルは生き残ってる。『パルレ(洗濯)』や『キム・ジョンウク探し』『あなたが眠っている間に』みたいに。あまり知られていなかったとしても秀作はきっと残る。惜しくも、これまで創作ミュージカル界の革命に乗り出すという人の多くは作品性
よりも商業性に重きを置いていた。

しかし、ミュージカルは元々が大衆志向で商業的なジャンルじゃないですか。

そう。例えば韓国のマダンノリの場合、観客が本当に好きで、今テレビで見ても面白い要素が多い。そんな面で観客をつかんで振り回して感動を与えることのできる能力が我
々には確かにある。韓国人の感性を、感動させる素材を探さなければならないのに、まだ外国のものを真似することが多い。たとえ外国のものであってもその形式を自分のものにしなければならないが、そういう部分がまだ不足している。大規模で華やかなものだけを追求する現状を捨てなければならない。映画の場合、韓国ほど外貨が取れない国はあまりない。インドと韓国は自国映画をとても愛する民族だ。創作劇の延長線で映画には観客を意のままにする力がある。ミュージカルも、韓国の観客にも、また外国から見ても面白いすごいと言えるものがあるのに、それをまだ発揮出来ていない。

現在のミュージカルは、アイドル歌手出身で実力と興行性を認められた俳優がいる反面、そうでない場合もある。このような現象のためにミュージカル俳優としてスタートした俳優に帰る場所がなくなるという考えもあるんですが…制限された位置づけに関してどう思いますか。

『オペラ座の怪人』『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』のように外国スタッフが入ってきて公演を作るライセンス作品はむしろ公平だ。彼らが開くオーディションには韓国の有名アイドルも、チケットパワー俳優も無意味だ。本当の実力と自分たちが欲しいイメージのシンクロ率、そして誠実さを見ている。それによって新人たちにも多くの機会が与えられ、現在彼らが舞台に立っている。ミュージカルは絶対的に商業的であり、多くの観客が見るほど良いという不変の法則が存在する。ただしそれが過剰で俳優を中心に興行のためのキャスティングにだけ固執する方式は間違っている。製作者の立場では今の製作環境にて要求されるパフォーマンスが可能な、強いエネルギーを持った俳優を連れてくるのはしょうがないと思う。その俳優がキャラクターをしっかり形成して観客にどれほど感動を与えることが出来るか。だからアイドル歌手たちが俳優を夢見ながら舞台に立つ事には肯定的。
でも一つだけ。
練習に出れないなら最初からミュージカルをやってはいけない。所属事務所だけでなく、製作会社にも観客にも責任を感じなければならない。責任を負うことが出来ないと思うならやってはいけない。

演出や製作には関心ないんですか。

全くない。誰にでも出来る事じゃない。僕が製作したら倒産するだろうし、演出したら森は見ずに木だけを見るようになる。

もしある作曲家が、조승우のためにミュージカルを作ると提案したらどうですか。

そうだね…漠然としすぎて考えられない。ミュージカルは当然音楽が重要だが、僕は他の俳優たちのように技術的に歌が上手くて声量が豊かだとか、発声が良いとか音域が高いわけじゃない。舞台の上で歌う歌は演技の延長線と思っている。だから答えようがない。

今後必ずやってみたい作品は。

ひとつある。劇団ハクチョンで、海外版権の『ブラッド·ブラザーズ(Blood Brothers)』を韓国情緒に合わせ脚色翻案した『義兄弟』*3なんだけど、僕のミュージカルデビュー作だ。事実、これまでライセンス作品をやる度に感情的に納得いかない部分があった。いつも自分の感性そのものをその作品の情緒に合わせていく作業に集中した。そこには衝突もあって折衝もあった。ところが、韓国の創作劇は情緒がぴったり合うからそんなことを気にする必要がない。『義兄弟』では乞食であり、ナレーターであるという役だったが、二十代始めにこの作品をやりながら胸に残ったものが本当に多くて、いつかミュージカル舞台の引退作に必ずやりたいと思ってる。

「조승우のような俳優になりたい」という俳優志望者たちがたくさんいる。彼らにしてあげたい話があるなら...。

僕は自分を振り返ってみたとき、良い俳優だと思っていない。ただ運が良くて若いうちにやりたい事をしながら生きていける事に感謝するばかりだ。自分自身にかなり無理を強いてきた。完璧主義者や狂人と言われた時もあった。ミュージカルの仕事だけをやっていた時、みんなに「あいつは本当に他に何も出来ないみたいだ」とも言われていたらしい。自らを酷使して、他人の高評価にさえ耳を塞いだことも多かった。世の中のどんな基準にも自分を閉じ込める事ができなかった。もし当時そうしていたら傲慢になったと思う。もちろん、うぬぼれて傲慢になってしまった事もある。すぐに我に返ったけど。なぜ僕のような俳優に憧れたのか、夢をもっと大きく持てと言ってあげたい。

それなら、なぜ自分が俳優を生業としているのですか。

僕が俳優になった理由は何だろうか…僕は宗教があるから、神様が人々に良い影響を与えながら暮すようにと、僕をこの世に送ってきたのだと思う。僕の名前の意味が継承の「승(承)」神が人を助ける「우(祐)」助けを継続していくという意味だ。NGO活動でもしそうな名前だが、どこでも僕がいるところで誰かの助けになりたい。役の形が必ずしも一つではないから。結局作品を通じて自らの人生を振り返り、他の人々にも価値のあるメッセージを伝えたい。

f:id:linlinsz81:20190430182039j:plain

ミュージカル俳優の조승우はこのように、自分の言葉を終えた。

もし神が持った「正直の秤」に今日の会話を乗せてみたらその皿はどちらに傾いたのだろうか。目には見えず、はっきり返事できない迄も、心で聞いた彼の話は率直で堂々として、また謙遜だった。おかげで小さな信頼ができた。来る新しい波の前に조승우が見せる真心のかけらに対する信頼だ。『ラ・マンチャの男』は2月9日まで忠武アートホール大劇場で上演される。

2014年1月 月刊「Auditorium」Vol.359より。

※素人の意訳ですが全ての翻訳文章の無断転載禁止、及び引用元を明記せずに無断引用する事もおやめ下さい。当ブログ記事へのリンクは自由です。抜粋してコピペ転載も不可。

⬆︎この時「意味はありません」と歌い始めた『ラ・マンチャの男』が、パク・クネ政権を批判したものではないかと言われた流れもある

*1:劇中、アルドンサを集団強姦する性暴行シーンがあるため、未成年観覧用のバージョンだと思われる。

⬆︎「(2018年には)ミュージカル『ラ・マンチャの男』は今年の公演で、輪姦の場面を大幅に修正した」とある。

*2:

⬆︎「で次のスピーチが主演男優賞受賞の승우で、自分の高額なギャランティーに対する立場はもちろん、創作ミュージカルに出ない理由を明らかにした。

「僕が出たいと思うような作品がオリジナル劇にはなかった」

件の発言に対して黙っていられなかったらしい。
同日二人の発言は授賞式のムードを微妙にした」

この時の話ですね…

*3:

⬆︎「僕はハクチョンで必ずまた『義兄弟』をやりたいです」