もう終わってしまうーーというわけで滑り込み。
朝映画を見て、次の映画までの間に高麗博物館の「3・1独立運動 100年を考える」に行ってきた。
スタッフの方と少しお話をしながら。
ちょうどこの3/1にソウルにいたんですよ、とか、植民地歴史博物館にも去年行きました、とか。
普段なにか社会運動団体などに属しているのですか、とも聞かれたんだけど、いいえどこにも属してないです一人で自分の足元見てちょっとづつ過去を知っていくだけですと答えた。実際そう。この30年近く、ずっと一人で。
時には誰かや何かと「連帯」することもあったし、そうしなければならない局面では必要だと思う。でも基本一人。「個」の人がそれぞれ当たり前にそこに居る。その中での「連帯」は決して仲良く馴れ合うことじゃない。
3・1独立運動の展示を見ながら、香港で今起こっていることを考えないわけにはいかなかった。
そしてこの後見に行った映画は…
見た。 pic.twitter.com/nRc7UoR3gK
— LIN 욘욘슨 (@linlinsz81) 2019年6月12日
面白かったよ、確かに期待通りだったんだけどさぁ…そうくるだろうとは思ってたけど聾者に自らを「できそこない」と言わせるのはよくない。ダメだよそんなやり方で物語を盛り上げるのは。
— LIN 욘욘슨 (@linlinsz81) 2019年6月12日
그것만이 내 세상でも母親に、次の人生は長男のために捧げるとか言わせたしな。本当にそういうのやめてほしい。