DoubleMintGum

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映画『男生女相』

『男生女相』

1996年/英・香港(英題・Yang±Yin:Gender in Chinese Cinema)

 2000年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて上映された、關錦鵬のドキュメンタリー・ビデオ作品。英国映画協会が世界各国の映画監督に依頼した企画で、映画生誕100年を記念して作られたインタビュー集はさながら中國版『セルロイド・クローゼット』である。(ちなみに日本は大島渚、フランスはジャン・リュック・ゴダール、イタリアはベルナルド・ベルトリッチなど)

 あまりの混雑にびっくり!作品の人気かそれとも張國榮人気か?確か2年位前の東京国際映画祭シネマプリズム部門で一度上映された事が有るが、その時も立ち見が出る程だったという。

 上映前に楊至衛(レイモンド・ヤン)がゲストとして登場。曰く1989年には香港レズビアン&ゲイ映画祭なるものが有ったらしいのだが90年代には早々に消えてしまったとか。今年からは、彼や關錦鵬、舒[王其]などと香港国際映画祭からレズビアン&ゲイ・セクションを独立させたという(マジ?聞いてないよ)楊至衛自身、王家衛の『春光乍洩』(邦題・ブエノスアイレス)にもスタッフとして参加していた。『春光乍洩』がゲイを正当に扱っていると声を大にして言っていた。
「香港ではまだゲイが正当に扱われる映画はほとんどないのです。必ず最後は死ぬか、ヘテロ(異性愛)に戻るか。そんな中、關錦鵬の新作『愉快楽愉堕落』(邦題・ホールド・ユー・タイト)は同性愛をちゃんと捉えた上に、主人公が最後に死なないのです!」
 そんな楊至衛の作品は26分の短編で「白人オンリーだったアジア人の男の子が同じアジア人の男に目覚めちゃう」『黄色微熱』でした。

 私、今まで關錦鵬の映画をあまり良いとは思えなかった。何か奥歯に物がはさまったような感じがして。これはやっと「本当の自分」を出した作品だったのだろうな。
 先ず自分と父親、家族との事。そして1960~70年代の武侠片にときめいてしまった少年時代と、張徹作品におけるゲイ・シークエンスをからめる。また、張徹の助監督だった呉宇森(ジョン・ウー)の描く"男の絆"にも。
 呉宇森が香港で作ったような"男の(いきすぎた)絆"ものは、ハリウッドのメインストリームでは作れない、という発言も興味深い。あのねちっこさはアジア社会特有のものなんですね。あと、日本の東映仁侠ものからも呉宇森はかなり影響を受けており男のナルシズムの到達点という定説を裏付けていた。
 1930年代の上海映画の中にあった掘り出し物映画や、なんと『夜半歌聲』('37/中國)のオリジナル版映像も!この作品の噂は聞いていたが、なる程これを作った人もかなりのキワモノだな。『カリガリ博士』『ノスフェラトウ』の世界だったよ。あ、実際は『オペラ座の怪人』を下敷きにした映画です。
そしてこの『夜半歌聲』リメイク版('95/香港)に主演している張國榮のコメント「リメイク版はつまらない、やっぱオリジナル版がいいね」って。おいおい、全く逆の発言をしているのを聞いた事が有るぞ。
 陳凱歌の『覇王別姫』(邦題・さらばわが愛)は原作と違う点が(原作では、主人公二人は最初から同性愛関係であった。年老いた二人は香港のサウナで再会する)潜在的なホモフォビアではないか、と問う部分にも納得。そうしながらも陳凱歌初期の作品『大閲兵』にもゲイ・シークエンス(軍隊ものには少なからず有るだろう)を見たり、父と息子なるテーマについても各監督たち(楊徳昌、蔡明亮、侯孝賢、李安)に語らせてみたり、徐克(ツイ・ハーク)のコスチューム・フェチな所に突っ込んでみたり。
 徐克曰く「(林青霞の事は)本当は女だという点を除けば、美しい男だと思っている」これに対して張國榮曰く「Too Bad!男になんか見えない!」この辺りは場内爆笑でした!
しかし、レスリがなんと言おうと林青霞(ブリジット・リン)は永遠の男装の麗人です。
『梁祝』(邦題・バタフライ・ラバーズ)の中でもそうだったが、徐克という人は倒錯的なものを扱いつつも道徳の枠から出られない所がある。説教臭いのだ。
実際の粤劇(カントンオペラ)の『梁山泊與祝英台』では女性が男性を演じ、しかも実は女だったという(服装倒錯に留まらない)深い構造があるから面白いのだ。

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 そこで任剣輝の登場。彼女は京劇でいう女形の逆、って言っても今は京劇だって女形はいないんだけど。大体女性が演じている。任剣輝は生涯男役しか演じなかった。1968年に引退するまでになんと300本以上の映画(ほぼ粤劇映画だが、現代劇映画にも出ていた)に出演したというから、どれほどの人気ぶりであったかは推して知るべし。公私共にパートナーであった白雪仙小姐との関係などが公然と受け入れられたのは、やはり粤劇の世界の人だったからなのか?

羅卞氏(香港国際映画祭プログラムディレクター)が「任剣輝は今見れば"無性"である。彼女はただ過去の男性像をなぞったにすぎない」と、鋭い分析をしていた。
 關錦鵬自身はこうも言う「中國には胎教という言葉がある。僕が今こうなっているのも母が妊娠中に任剣輝の映画を見ていたせいかもしれない」自分の母親にインタビューするシーンがそれに続き、この辺りはどうにも涙腺が弛んでしまった。
「(任剣輝小姐の事は)もちろん男として好きだったよ!私も5人の子供がいなかったら追っかけしていた!」と楽しそうに語るお母さん。息子の作品についても「いい作品じゃないか」と肯定し、セクシュアリティについても肯定する。
「僕は長男なのに、孫は欲しくない?」「そんなのいてもいなくても同じさ。好簡單、好簡單」とくり返す。事実上この作品の中でやっと關錦鵬はカミングアウトを果たすわけだ。

 1996年の作品だからまだ『春光乍洩』も作られていなかったし、『基老四十』『虎度門』『美少年の戀』『心動』『十三妹』あたりを分析してみたらまた変わっただろう。続編を強く望むところ。